日本のオカルト事情「ホメオパシー」(2010年9月版)
(これは2010年 イタリアの懐疑論者団体CICAPの機関誌に載せるために書いた文章です。イタリア語に翻訳されて載る予定でしたが、流れてしまいました。若干古くなってしまいましたが、お蔵入りさせるのももったいないので公開します。)
1. はじめに
はじめに自己紹介をします。私は日本の懐疑論者です。ASIOSという団体の運営委員をしています。ASIOSの活動は、超常現象の調査や調査結果の報告がメインです。基本的には社会問題を解決するために活動しているわけではありません。しかし、私たちの懐疑的調査が、社会問題進行の抵抗になるならば、うれしいことだと思います。
2. 日本におけるホメオパシーの状況
○概観
日本では、健康対策(Self-medication)が流行になっています*1。そして、自然信仰も広がっています。自然なもの、天然のものを盲目的に「良いもの」だとする考え方です*2。そういった流れから、人工的という印象の強い通常医療や薬は、避けるべきものと考える人も多いようです。多くの代替医療は自然であることを強く主張しています。そこに通常医療への不信感が重なって、代替医療が広がる原動力となっています。ホメオパシーはここ10年ぐらいの間に急速に広まりました。
○ベースの構築
日本でホメオパシーが普及する基盤は、1990年代後半に作られました。
この時期「由井寅子」を中心とする「日本ホメオパシー医学協会」系*3、「帯津良一」を中心とする「日本ホメオパシー医学会」*4、「永松昌泰」を中心とする「日本ホメオパシー振興会」系*5が、多くの団体を作りました。今、ホメオパシーについて調べると、様々な機関や組織があるという状況になっています。
○メディアや著名人の後押し
日本では、代替医療が報道メディアで扱われることは少ない状況です*6。しかし、歌手や女優、タレントにもホメオパシーにはまっている人がおり、非公式の広告塔になっています*7。2000年代前半には、複数の女性週刊誌が次々とホメオパシーを取り上げました*8。「代替医療」というよりも、もっと気楽な健康法として、認知度を上げていった状態です。
そのような状況で、日本の前首相である鳩山由紀夫氏は、2010年1月29日 第174回国会における施政方針演説で「統合医療」の積極的な推進を表明しました*9。こういった方針を受けて、厚生労働省が統合医療センターの設立を検討しています。統合医療センターでの研究対象としてあげられた代替医療の中には、ホメオパシーも含まれます*10。
○ターゲット
ホメオパシーは、障害をもつ子がいるところや、出産から育児中の親など、弱いところから入り込んでいます。沖縄では、公立中学校の養護教諭が、発達障害の生徒にレメディ―を処方していました*11。
通常の医薬品に制限のかかる、妊娠・出産から育児中の母親にも、積極的に売り込みを行っています。しかも、個々の妊婦が信じているだけではなく、専門家である助産師が勧めるということも起こっています。これは特定の助産師の話にとどまる話ではありません。助産師会のイベントとして、ホメオパシーの講演や勉強会が行われているのです*12。本来なら正しい情報を伝え、正しい行動するべき専門家が、率先してホメオパシーに関わっているということです。
一例をあげると、日本助産師会理事の神谷整子氏がいます。彼女はカリスマ助産師としてテレビで取り上げられたこともあり*13、助産師会の中でも強い力を持っています。神谷氏は日本ホメオパシー助産師協会会長の肩書きももっています。
○ホメオパシーの被害例
そんな中、とうとう悲惨な問題が起きてしまいました。新生児に重大な問題をもたらす症状のひとつとして「乳児ビタミンK欠乏性出血症」というものがあります。これは、ビタミンKが不足することで、出血が止まらないという症状が起きるものです。日本では、新生児にK2シロップを与えることで、ビタミンK欠乏症の発生を抑えています。しかし、ホメオパシーを推奨する山口県の助産院*14では、K2シロップを与える代わりに、ホメオパシーのレメディを与えていました。その助産院でホメオパシーのレメディを与えられた新生児が「乳児ビタミンK欠乏性出血症」で死亡するということが起こってしまったのです。
もちろん、この被害例は氷山の一角に過ぎません*15。ホメオパシーを信じる親の善意の下で、予防接種をしてもらえない子供や医療ネグレクトを受けている子供もいます*16。
ホメオパシーのレメディには直接の害はないでしょう。しかし、ホメオパシーを信じることで重大な被害が生じるのも事実です。
3. ホメオパシー批判状況
○どのような批判が行われているか
主にインターネット上ですが、日本ではホメオパシーは徹底的に批判されています。例えば、希釈の理論は物理的に無理のある理論であること、類似の法則が連想ゲームでしかないといった批判があります。また、ホメオパシーの効果はプラセボ効果でしかないと示されたことも、丁寧に説明されています*17。
しかし、ホメオパシー批判の情報は主にインターネット上に留まっていたため、ホメオパシーがターゲットとする主婦や子育て世代~高齢者には、批判が届いていませんでした。
○大きく動いている最中です
しかし、これもちょっと前までの話です。今年7月以降、ホメオパシーを取り巻く状況は大きく変わっています。これは歴史的な変化と呼んでいいものです。
きっかけは、ビタミンK欠乏で新生児が死亡した件です。この事件は、新生児の親が助産師を損害賠償で訴えたことにより、全国紙でも取り上げられるニュースになりました*18。その後、朝日新聞*19は継続的にホメオパシーの問題を取り上げ続けており、積極的な批判を行っています*20。
8/24には、日本学術会議の金澤一郎会長がホメオパシーに対する非常に手厳しい批判を行いました*21。このことは、8/25に日本4大新聞を含む各紙がニュースにしました。朝日新聞は第一面で取り上げました。すぐさま、日本医師会、日本医学会をはじめとした各種団体が金澤会長に賛同する声明を発表しました*22。ホメオパシー関係団体は、多数の批判を無視することもできず、苦しい言い訳に奔走している状態です*23。
ただし、このような状況の中で、厚生労働大臣 長妻昭が「本当に効果があるのかないのか、厚労省で研究していく」と言っている問題があります*24。厚生労働省の大臣が、明確に効果が否定されているものに税金をつぎ込むと宣言しているのは、非常に悩ましいところです。
○ホメオパシー批判に足りないもの
日本にホメオパシーを広め、現在も最大の影響力を持つと思われる由井氏は、以下のような考え方をベースに持っています。
- 前世以前の罪(カルマのようなもの)が現世の病気に繋がっている
- 病気の症状を出し切ること(毒出し)で罪は解消される
- 子供は親の毒も受け継ぐ(DNAに刻み込まれている)
- 毒がたまると精神もゆがむ
ホメオパシーの「マヤズム」の考え方を独自解釈・拡張したものです。こういった考え方によって、日本で広がっているホメオパシーの中でも「日本ホメオパシー医学協会」系のホメオパシーは、カルト宗教的な要素が濃い状態となっています。ホメオパシーは代替医療としてだけでなく、ニューエイジ思想やニューサイエンス思想に魅力を感じる人たちの受け皿にもなっています。この状況においては、医学的な無意味さや科学的な無意味さを指摘するだけでは不十分でしょう。ニューエイジ思想の面に向けた批判が出ることによって、批判状況はよりよいものになると考えます。
しかし、これまでホメオパシーにコミットしてきた人たちが、追い詰められ、トゥルー・ビリーバー・シンドローム(true-believer syndrome)に陥るのではないかということも考えなければいけません。強く批判するだけでなく、カルト宗教を脱退した信者のケアをするように、ホメオパシーから離れる人たちをサポートする受け皿も必要です。
4. おわりに
日本ではホメオパシーが一部のカルト的信者を残すだけとなるかもしれません。しかし、代替医療は他にもたくさんあります。ホメオパシーの件で代替医療の問題がきれいに無くなることはないでしょう。私たちはシーシュポスの岩運びのように、地道に正しいことを伝えていくしかありません。私たちは自分のできることをできる範囲でやっていこうと考えています。
ここで紹介したことも含め、詳細は日本のSkeptic's Wiki*25にまとまっています。より詳しい情報が必要な方は参照してください。
*1:一例として健康食品の市場規模は1990年頃の二倍程度まで成長している。ピークは規制や厚生労働省の指導が厳しくなる前の2005年となっている。
*2:食品等に留まらず、家、布団、衣料品などまで、「健康」「天然」「自然」「オーガニック」といった単語で宣伝を行っているほどである。
*3:「日本ホメオパシー医学協会(1998年~)」系の団体としては、「ホメオパシー・ジャパン株式会社(1997年~)」「ホメオパシー研究所(1999 年~)」「ホメオパシー出版(1997年~)」、ホメオパスの養成機関として「ロイヤル・アカデミー・オブ・ホメオパシー(1997年~)」等がある。
*4:日本ホメオパシー医学会の設立は2000年。
*5:「日本ホメオパシー振興会(2000年~)」系として、永松氏が学長を務める「ハーネマンアカデミー(1997年~)」がある。
*6:例外として2009年1月22日、テレビ朝日系「報道STATION」の「見放された患者と共に闘う"がん難民コーディネーター"」でホメオパシーが肯定的に取り上げられた。
*7:由井寅子も有名人が使っていたということを盛んに宣伝している。 http://www.homoeopathy.co.jp/introduction/tyomeijin_index.html
*8:ホメオパシーを取り上げたメディアの例。 http://www.jphma.org/About_homoe/media.html
*9:http://www.kantei.go.jp/jp/hatoyama/statement/201001/29siseihousin.html
*10:厚生労働省の統合医療プロジェクトチームの会合報告は次のリンクから確認できる。 http://www.mhlw.go.jp/shingi/other.html
*11:宮城勝子教諭は「日本ホメオパシー医学協会」の認定ホメオパス。2007年12月21日の沖縄養護教諭研究会では、大会長として由井寅子の講演を企画した。
http://jphma.org/fukyu/gakkaisanka_yosu.html
http://www.jphma.org/topics/topics_40_fukyu_miyagi.html
*12:日本助産師会の複数の地方支部がホメオパシーを好意的に取り上げる講演会を企画していた。次のページにリンクがまとまっている。http://putorius.mydns.jp/wordpress/?p=716
*13:NHK、プロフェッショナル仕事の流儀、第60回 2007年8月28日放送 http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/070828/index.html
*14:ビタミンKを与えないことにした助産師は「日本ホメオパシー医学協会」の認定ホメオパス。前出の神谷氏も同協会に属しており、K2シロップの代わりにレメディ―を用いていた。
*15:悪性リンパ腫の女性がホメオパシーに頼り切ったため、通常医療をうけることなく死亡した例もある。http://www012.upp.so-net.ne.jp/mackboxy/Health/
*16:医療ネグレクトが疑われる例が「ロイヤル・アカデミー・オブ・ホメオパシー」のWebページで公開されていたため、私も児童相談所への連絡を行った。http://d.hatena.ne.jp/lets_skeptic/20100715/p1
*17:よく取り上げられる論文は、The Lancet 2005; 366:726-732 「Are the clinical effects of homoeopathy placebo effects? Comparative study of placebo-controlled trials of homoeopathy and allopathy」。書籍は『代替医療のトリック』。
*18:7/31に日本4大新聞のうち、読売新聞と朝日新聞が取り上げた。
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=28674
http://www.asahi.com/health/feature/homeopathy.html
*19:朝日新聞は日本四大新聞のひとつ。発行部数は日本で二番目。朝刊の発行部数は約800万部で2000万人以上が読んでいると言われている。
*20:きっかけとなった事件に関わることだけでなく、ホメオパシー自体の問題に切り込んでいる。apitalの特集記事 http://www.asahi.com/health/feature/
*21:「日本学術会議」は日本を代表する科学技術機関。内閣府の特別機関。 『「ホメオパシー」についての会長談話』
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-21-d8.pdf
*22:特に注目すべきなのは、ホメオパシーに積極的に関わってきた助産師会も今までの方向性とは異なる声明を出したこと。
「日本医師会」と「日本医学会」の共同声明 http://dl.med.or.jp/dl-med/teireikaiken/20100825_1.pdf
「日本獣医師会」https://seo.lin.gr.jp/nichiju/suf/topics/2010/20100824_01.pdf
「日本薬理学会」http://plaza.umin.ac.jp/JPS1927/oshirase/info20100825.html
「日本薬剤師会」http://www.nichiyaku.or.jp/contents/kaiken/pdf/homoeopathy.pdf
「日本歯科医師会」と「日本歯科医学会」の共同声明 http://www.jda.or.jp/text/homeopathy.pdf
「日本助産師会」http://www.midwife.sakura.ne.jp/midwife.or.jp/pdf/homoeopathy/homoeopathy220826.pdf
*23:それぞれの団体が何回かコメントを出している。
ホメオパシー医学協会 http://www.jphma.org/
日本ホメオパシー振興会 http://www.hahnemann-academy.com/
日本ホメオパシー医学会 http://www.jpsh.jp/
*24:「ホメオパシー問題 厚労相、必要があれば調査進める意向」http://www.asahi.com/science/update/0825/TKY201008250313.html
*25:http://sp-file.qee.jp/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=%A5%DB%A5%E1%A5%AA%A5%D1%A5%B7%A1%BC