ある問題に対面したとき、頭の良さだけで解決できると思ってはいけない。

批判的思考のポイントは「態度」「知識」「技術」の3点でしたね。批判的思考を行うという態度をもっと重要視して欲しいというのが前回のエントリ*1でしたが、今回は知識に焦点を当ててみましょう。

批判的思考における「創造性」の重要さ

日本の批判的思考研究者として有名な人として道田泰司教授が居ます。以前のエントリで道田教授の定義を取り上げました。

  • 道田「批判的な態度によって解発され、創造的思考や領域固有の知識によってサポートされる論理的・合理的な思考」

批判的思考(クリティカル・シンキング)とは何か - Skepticism is beautiful

道田教授の定義には「創造的思考」というものがでてきます。道田教授は批判的思考がどんなものか?ということについて「見かけに惑わされず、多面的にとらえて、本質を見抜くこと」という表現もしています。こちらの表現ではより創造的な思考に重点が置かれているという解釈もできるのではないでしょうか。

物事を多面的に捉えたり、本質を見抜くことは、「態度」「知識」「技術」の3点から外れているように思えます*2

創造性が必要だということは才能が必要ということ?

「創造性」が重要なポイントとなってくると、ちょっと戸惑う人もいるかもしれません。私なんかは、「創造性を発揮しなければならない」などと言われたら見えない敵に対峙したような気分になり、どうしてよいのか分からず大いに戸惑います。しかし、悲観的になる必要はないとも思います。
創造性は「知識」によって補填できるものだからです。ようは、先人の創造性を拝借して、自分の創造性の不足を補うということです。一人のもつ創造性よりも、優秀な複数の先人の創造性の方が実際のところは強力でしょうから、自分の持つ創造性を発揮するより適切かもしれません*3
今、対峙している問題は、もちろん自分に関わる唯一のものでしょう。しかし、殆どの場合は先人の経験が全く役立たないほど突飛なものでもないはずです。

詳しい分野では自動的に批判的思考が働くこともある

社会人の多くは、なんらかの分野で専門家であることが多いと思います。あなたが非常に得意な*4分野において、トンデモな主張にめぐり合った場合、直感的に「おかしい」と分かるだけでなく、特に苦労せずに何がどのようにおかしいかを指摘できるのではないでしょうか?

得意な分野では、そこで過去にどのような議論*5があり、それがどのように解決されたかといった知識を持っている場合が多いと思います。また、初心者が陥りやすい間違いの例なども豊富に知っているでしょう。このような「知識」によって、何に注意すべきか、どのような方向からどのくらいの精度で検討すべきかということが分かるわけです。

これが、批判的思考と言えるものになっているわけですね。

批判的思考は領域特異的

批判的思考の研究者であるMcPeckも、批判的思考が領域特異的であることを指摘しています。
現実をよくみると、要求される批判的思考は、問題の領域によって大いに異なることが分かります。ちょっと想像してみて欲しいのですが、物理学の研究レベルの批判的思考を日常生活に持ち込んだら、答えを出すことを諦めるしかないですよね。問題解決は程遠くなります。

批判的思考が領域特異的であることは、ある分野で十分批判的な思考ができるからといって、他の分野で批判的思考ができるかどうかは別問題ということを意味します。解決すべき問題によって要求される批判的思考には違いがあるということです。

関連領域の知識無き批判は愚論に陥る場合がある

個人の創造性だけで、長い年月を掛けて複数の人により積み上げられた議論よりも優れた論考をすることは現実的ではありません。そのため、「知能の優れた人」であっても、言及する分野についての知識を積み上げずに主張しはじめると、愚論しか出てこないということが起こります。

池内了『疑似科学入門』が懐疑論者ホイホイな件について - Skepticism is beautifulで書いたような池内氏の問題は、ここら辺にあったんだろうと考えています*6

蔓延する「わら人形論法」

様々なブログで、それなりに賢いと思われる人達が、いくつものニセ科学批判批判を行ってきましたが、ことごとく的外れな議論*7になっていました。ニセ科学批判で行われてきた議論をきちんと追っていなかったのだから、当然ですよね。これもまた、領域特異的な知識を軽視して、自身の批判的思考能力*8を過信してしまった結果ではないでしょうか?

よい批判的思考のためには関連領域の知識が必須

そんなわけで結論としては、対象としている問題の関連知識があまり無い状態では、まともな(又は建設的な)批判的思考を操ることはできないと言えるでしょう。適切な批判的思考ができたとしても、それはおそらくまぐれです。

批判的思考を考える上でも、「考え方」のみに焦点を当てていては、本質を見逃すと思います。

*1:[http://d.hatena.ne.jp/lets_skeptic/20080610/p1:title]

*2:私は、「創造性」もポイントのひとつとして加えた方がいいんじゃないかと考えています

*3:本当なら、両者を加えられればよりよい。

*4:詳しい

*5:主張や反論、再反論

*6:[http://schutsengel.blog.so-net.ne.jp/2008-05-21:title]のコメント欄ではもっと辛らつに「ほとんどページを繰る毎に、事実誤認、誤った推論、藁人形論法、周回遅れ、……のオンパレードという感じです」なんて書かれてますね。基本的に同意ですけれども。

*7:↑の言葉を借りれば「事実誤認、誤った推論、藁人形論法、周回遅れ」

*8:批判的思考だとは意識していなかったかもしれませんが