なぜ有害な治療法も有効だと誤解されるのか

代替医療のトリック

代替医療のトリック』という本が話題になった。私も今までホメオパシーを例に代替医療の持つ問題を取り上げてきたが、この本を読めば私のエントリの多くは必要ないものと言える。既に多くの書評が発表されているようなので、肝心の内容についてはそちらを参照のこと。
全体的に良書といって間違いないのだが、あえてひっかかったところを書くとすれば、プラセボ効果に関するところ。私は『代替医療のトリック』で扱われているプラセボ効果の説明は、ちょっと行きすぎだと考えている。過大評価ではないか。プラセボ効果は確かにある。しかし、本来の意味での「効果」と呼んでいい効果は、この本で触れられているよりも小さいものだろうということだ。
このことについての私の理解は、過去のエントリ「誤用される「プラセボ効果」 - Skepticism is beautiful」 を参照頂きたい。

なんにでも効く

まず「なぜ「なんにも効かない」ものは「なんにでも効く」といわれるのか - Skepticism is beautiful」の補足から。

この記事で言いたかったのは、全く効かない治療法であっても、「効く」の基準さえ下げてしまえば効くように見えるということだ。例えば「その治療法で治ったという実例がある」「その治療法を使ったら、本当に体調がよくなったのだ」という基準は、非常に低い基準である。
ただ、非常に低い基準を採用することには副作用がある。それは、同じ基準で判断するのならば、なんにでも効くように見えるということだ。それをグラフで表現してみた*1
逆に考えてみると、なんにでも効くように宣伝されている治療法は、この落とし穴にハマっている可能性が高いともいえる。

教訓として単純化すると「なんにでも効くものは信用しない方が良い」という、よく聞く話となる。

有害でも

冒頭で取り上げた『代替医療のトリック』には、「瀉血」も取り上げられているようだ。この「患者の血を抜くことで症状を改善する」という治療法は、「なんにも効かない」どころか有害だった。しかし、多くの医者は瀉血を有効な治療法だと誤解していた。そこには、どんな問題があったのだろうか。

こういうことだろう。

有効な治療法であっても症状が悪化する人はいるし、有害な治療法でも症状が改善する人はいるということだ。治療というのは、改善と悪化のベースラインを上げたり下げたりするだけのものであることが多い。上の図で説明してみよう。Cさんは何もしなければ(縦軸 0のライン)病状が改善したはずの人だ。逆効果の治療を受けると、症状改善と症状悪化の境界線が上に上がってしまい(縦軸 20の赤ライン)、症状は悪化する。AさんとDさんは、効果的な治療をうけても、治療を受けなくても、さらには逆効果の治療を受けても症状が改善するということだ。
BさんはCさんの逆で、効果的な治療を受ければ改善に至るが、治療をしなかったり逆効果の治療を受けると悪化する。EさんはAさんの反対で、どんな治療を受けても悪化するということになる。

有効な治療も有害な治療も、一部を取り出せば好きなように解釈できるのだ。

効果を判定するのは難しい

ところで、特定の患者が治療を行わなくても症状が改善する患者だったのかそうでなかったのか、治療をした後に知る方法はない*2。今、同じ症状を持っている患者が同じ経過を辿るとも限らない。よく考えてみると、これは非常に難しい問題だ。ある特定の患者に対する治療結果がどう転ぼうとも、どうとでも解釈できるのだ。なんらかの理由で効くものだと思い込んでいたら*3、そこから抜け出すのは難しい。

正しい答えがはっきりと得られず、どうとでも理屈をつけられるとき、私たち人間はどこまでも間違う。逆効果の治療でも、AさんやDさんを見て効果があるとこじつけるかもしれない。効果的な治療でも、Eさんを取り上げて効果がない(又は有害だ)とこじつけるかもしれない。私たちはこのグラフのような神の視点を持っていない。

さて、この問題の解決方法を考えてみてほしい。

*1:正しくは棒グラフを使うべきものだったかも

*2:もちろん、治療を行わなかったのならば治療の効果を知ることはできない。つまり、ベースラインは誰も知らないということ。

*3:バイアスがかかっていたら