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責任を果たさなければならないのは全国民だ

404 Blog Not Found:「科学者よ、責任を果たせ」 - 書評 - 大槻教授の最終抗議」というエントリを読んだ。

大槻教授の最終抗議』は読んでいないが、大槻義彦氏の思想自体はオカルトマニア大槻ケンヂ氏との共著『超常事件簿―オカルトファイル』でも出ていた。それは、懐疑論者としても共感するところの多いものだった*1

しかし、問題意識・熱意・思想だけではダメなのだ。私たちは「妥当な知識」と「妥当な理解」をベースとして、問題に対処しなければならない。

大槻教授はオカルトバスターのような扱いを受けているにもかかわらず、「アポロ月面着陸捏造説」に組するという、酷い愚行を犯している*2。さらには、ミステリーサークルやUFOについても、信奉者と大差ない酷いレベルの自説を提唱している。ちょっと前には「ムペンバ効果」への言及があまりに非科学的だと批判されたばかりだ。

「妥当な知識」と「妥当な理解」を忘れた人が「問題意識」をもったとしても、適切な対応などできるはずがない。適切な対応ができたとしても、それは、たまたま悪い方向じゃなかったというまぐれ当たりに過ぎない。

「無知*3と善意の組み合わせ」は悲劇を生む。それは様々な実例が示している*4

私は、こういった悲劇を見るたびに「そもそもあなたには事実に反することを信じる権利などなかったのだ。」と言いたい気持ちを抑えている*5

これは別にオカルト・超常現象に限った話ではない。「ニセ科学」だって、「医療崩壊」だって、「健康食品」だって、「悪徳商法」だって一緒なのだ。必要なのは、私たち一人一人が「知識は正しい方が良い」という倫理観を持ち、それを貫くことだ。

憲法が国民に求めている「不断の努力」とはこのことだ*6


責任を果たさなければならないのは(税金を投入されている)科学者ではない。社会の一員としての科学者だ。そして、同じく社会の一員としての私たちだ。

*1:まともな懐疑論者からは一方的に叩かれている存在なので、ここら辺は強調してもいいだろう。

*2:「[http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%9D%E3%83%AD%E8%A8%88%E7%94%BB%E9%99%B0%E8%AC%80%E8%AB%96:title]」

*3:妥当な知識を持たないという意味。妥当でない知識は豊富な場合もよくある。たぶん、私たちは本来の意味での「無知」だから騙されるのではない。情報を評価しないから、情報を評価するときにえこひいきしてしまうから騙されるのである。

*4:一例としてここを見るといい→「[http://www.skept.org/FAQ/criticizing.html:title=なぜ批判するのか - 懐疑論者の祈り -]」の「善意と無知という最凶の組み合わせ、理不尽な悲劇」の項目

*5:この言い方も倫理に反するという気持ちが同時に沸き起こるためだ

*6:日本国憲法 第3章 国民の権利及び義務 第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。