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懐疑主義者が批判的思考を実行しているとは限らない

信奉者以外にとって、懐疑主義者*1はトンデモにひっかからず、より妥当な見解を持っているように見える場合が多いと思います。その背景にはきちんとした批判的思考があるんだろうという想像をする人もいるかもしれません。しかし、単純にそうとも言えません。

懐疑主義者らしく見せる方法

懐疑主義者らしく見えるようにするだけならば、ある程度の労力は必要ですが、インターネット上に情報が溢れる現状としては難しくありません。特に、対象が疑似科学ニセ科学、オカルト、超常現象などの場合には、他の問題に比較して楽です。以下のような方法を用いればよいからです。

  1. 話題とする対象を選択する
  2. インターネットで話題とするキーワードとともに「批判」「問題」「トンデモ」などを指定して検索
  3. 出てきたページから否定的な主張を抜き出す
  4. 文章を書いて発信

これで、マイナーな話題以外は大体事足ります。結果的にこういったまとめは妥当な結論であることも多いのですが、批判的思考が必要ないことが分かると思います。

批判的思考ではどうするか

上に示した方法で結論を出すのならば、それは単なる否定*2です。では、批判的思考の実践者としての懐疑主義者は、どのような行動をとるのが望ましいのでしょうか?

  1. 話題とする対象を選択する
  2. 肯定的情報を集め、主張を把握する
  3. 否定的情報を集め、主張を把握する
  4. 主張の合理性などを検討する
    • 根拠は何か
    • 情報ソースの信頼性はどのぐらいか
    • 論理的に正しいか
  5. 何がどのぐらい間違い(正しい)のか評価する

最後が一番大事で「正しい」「間違い」の二分法ではなく、何がどのようにどのぐらい間違っているのか(正しいのか)に視点を向けるのが望ましい態度です。

思考の良し悪しは結論の正しさで判断されるべきではない

結論は正しい方が良いのは大前提であるものの、結論の正しさは思考の良さを証明しないということには注意を払うべきでしょう。疑似科学ニセ科学、オカルト、超常現象などの場合はとにかく否定しておけば、多くの場合に正しい答えになる可能性が高いため、安易な考え方に陥りやすいことを自覚し、より注意を払う必要があります。

否定論者は自分の間違いに気付きにくい

否定を行う人は、信奉者と同程度の批判的思考しか扱っていない場合であっても、とりあえず結論が正しいということで、批判を受ける機会が少ないようです。また、結論が正しいことで、現実から間違いを突きつけられる可能性が低く、自らの問題に気付く機会も少なくなります。

つまり、ダメな思考を指摘してもらう機会は少なく、さらに自分でも気付きにくいのです。

否定を行う人が、信奉者よりも自分の信念を強化してしまう状況*3にあるということは強調しても強調しすぎることはないでしょう。

*1:と、分類されている人。自称しているかどうかは関係なし。

*2:私がかつて議論していたところでは、肯定派・否定派・懐疑派といったざっくりとした分類がありましたが、この分類だと「否定派」ですね。

*3:「傾向」ではない