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議論や対話に重要なこと

懐疑 議論

皮肉と当てこすりとでは世界は変わらない。 - novtan別館という記事を読んだ。私も皮肉や当てこすりで他人の行動を変えることができるとしたら、それはネガティブというか破壊的な方向だと思います。

対話において重要なのは他者理解です。他者理解を妨げるバイアスも色々とあるようです。人には、自分の失敗は外的(環境や状況、タイミングなど)な理由で説明し*1、他人の失敗は内的(性格など)な理由で理解する傾向があります。特に、他人が自分と異なるグループに属しているか、嫌いな人物であれば、そういう傾向は高まります。これは「基本的帰属錯誤」とか「究極的帰属錯誤」なんて呼ばれるものです。

人は他者を理解しようとしますが、ちゃんと理解するよりは自尊心を守るように方向づけられているのかもしれませんね。面倒な話です。

批判的思考でも、他者理解のために共感や相手の尊重が必要になるということが指摘されています。理解を伴わない批判は、本質を外していたり、揚げ足取りだったり、批判者の単なるひとり語り*2だったりします。また、相手を理解しない批判は、様々な思考のバイアスの罠に陥りやすいのです。

基本的なスタンスとして、まず初めにやることは以下のようになります。

  • 相手の言っていることは基本的に正しいことだとして解釈せよ
  • 相手の言い分が非合理ではなくなるように解釈せよ

そうやって、一旦批判的態度を抑え相手の主張が相手の枠組みの中で正しく合理的だという理解を持った上で、初めて批判的思考を用いるということです。解釈の過程では、どうしても相手に聞かなければならないことが生じるのが普通ですから、対話という場面でなければ実践するのが難しいことも少なくないです。特に相手が持っている「暗黙の前提」が自分とは異なる場合が多いようですので注意して聞く必要があります*3

本当の意味での「相手の立場に立って考える」ですね。相手の位置から、一歩ずつ階段を登るように、より妥当な見解へと行けば良いわけです。

このような態度を心がければ、相手が間違っている場合には、共感をもった信頼される啓蒙になる可能性がありますし、自分が間違っている場合には、なにが間違いだったかをはっきりさせ、自尊心を傷つけることなく間違いを訂正できる可能性が高いと思います。

自分もまだまだできてません。

*1:いいわけですね

*2:自分も含め、割とやっている人が多いと思います。結構はずかしい。

*3:相手の協力も必要なので難しいことは間違いないです